「信仰が人を殺すとき」サンケイ新聞書評

【書評】『信仰が人を殺すとき』ジョン・クラカワー著/佐宗鈴夫訳
c0024167_9453247.jpgサンケイ新聞が書評でクラカワーの「信仰が人を殺すとき」を取り上げている。
私たち元モルモンは勢いモルモン教の暴力性、欺瞞性を立証する記述に目が行ってしまう。それはそれで大切なことなのだが、同書の核心はモルモン教という大変アメリカ的な宗教団を通じて「原理主義」とは何かに迫ることである。サンケイの書評はその視点に立って記述されている。そこで、原理主義とは何か、特にモルモンの原理主義とはなにかを考えてみた。
原理主義とは過去の理想への回帰をスローガンにした「新興宗教」である。という言葉をどこかで聴いた記憶がある。イスラム原理主義、キリスト教原理主義などを見ると確かにそうであろう。ところがモルモン教の原理主義はそれらとはやや趣を異にすると思える。
つまり、イスラム教にしろキリスト教にしろ長い歴史を経て変化して来たものであるのに比べて、モルモン教は合衆国政府との敵対、社会との軋轢などに屈して「表面上の変ったふりをしてきた」だけであったからだ。そのうち、『おもてっつら』が本当の教団の顔になって来た。評者が感じている「モルモン教の信徒が、快活で礼儀正しく、健全」というのはこの『おもてっつら』が信者たちに定着してしまったからである。
しかし、モルモン教徒の中には今風のモルモン教徒を腑抜けたやからとみなす者もいる。彼らは同書で紹介されるようにモルモン原理主義者と転向して行く。この転向はいとも簡単に行われる。過去のモルモンの予言者(教祖)たちの残したテクストがあるからである。
つまり、モルモン教の原理主義とはまさに正しく過去への回帰であり、正しい意味での原理主義宗教なのだ。ユタという閉鎖された空間が生んだ極めて特殊なケースではないかと思う。
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by garyoan | 2005-06-21 10:24 | モルモン教
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