「信仰が人を殺すとき」:文芸春秋8月号の書評

c0024167_4413097.jpg文芸春秋8月号に鈴木宗男の腹心「外務省のラスプーチン」と言われた外務省職員(現在休職中らしい)佐藤優が「信仰が人を殺すとき」の書評を書いている。
以下紹介したい。
佐藤は本書からアメリカの病理現象を読み取る。それはアメリカ人は絶対的真理を自らが保有しているといううぬぼれであると言う。確かにその通りだ。既に高橋弘教授が指摘したようにモルモン教はアメリカの縮図である。
しかし、佐藤には大きな誤解がある。それはジョセフ・スミスが反奴隷主義者であったと言う点だ。これも高橋教授が「素顔のモルモン教」で指摘したとおりで、ジョセフに明確な反奴隷制の意識があったわけではない。佐藤は「モルモン教徒を奴隷解放運動の先駆者とする物語を構築することも可能だ」と大胆な意見を述べている。おそらく人種差別の教本である「高価なる真珠」を佐藤は知らないのだろう。
百歩譲ってジョセフが反奴隷主義者であったとしても、次の代であるブリガム・ヤング以降のモルモン教徒から反奴隷の思想を引き出すことは全く不可能である。奴隷制を支えてきたモルモン教徒の人種差別の意識は今も脈々と息づいている。
もちろん、「信仰が・・・」で取り上げられているモルモン原理主義者たちも立派な人種差別主義者である。というか、人種差別と性差はモルモン教義の根幹である。佐藤の読みはやや浅いと言わざるを得ない。
書評の最後で佐藤はこの本が現れた事について歓迎の言葉を述べ、「アメリカ人が自ら信じる絶対的真理に懐疑の目を向けることが出来るようになれば、世界はもっと安定し、アメリカの道義的影響力は現在よりも拡大すると確信する」と続け、文を閉じている。
確かに一面ではそうであろうが、モルモン教の被害者の立場からはこの言葉にはやはり一定の違和感をもってしまう。既にモルモン教は日本を始め諸外国に輸出されているのである。アメリカ産の宗教カルトやマルチビジネスなとの経済カルトがどれだけ日本にあることか。確かに本書のようにアメリカには強力な自浄作用が働くパワーがあることは間違いない。しかし、その一方でカルトのような非社会的団体の行動を放任するという困った側面もある。そのことが、アメリカ国内に留まらず、わが国にも良くない影響を及ぼしていると言うことも佐藤には見てもらいたい思いがある。
余談だがパリ市はアメリカ産カルトであるサイエントロジー信者のトムクルーズに名誉市民の称号を与えないことにした
カルトに厳しいヨーロッパと、カルト放任のアメリカとの考えの違いを見せた出来事である。結局、アメリカが道義的影響力を拡大することを云々する以前に、そもそも世界がそれを果たして期待しているのだろうか。
by garyoan | 2005-07-14 04:42 | モルモン教
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