宗教がらみはもう結構

自公協力、過去最大に 学会票頼みが浮き彫り
若い頃、とあるミニ政党にかかわっていて、その政党から参院選の開票立会人を依頼されたことがある。束ねられた票をぱらぱらめくって無効票がないかどうかを見て行き、逆に無効票のなかに有効な票が紛れ込んでいかないかもチェックするのである。当然、自分の政党は無効票から有効票になるように一生懸命チェックする。他党の分は少しでも無効票がないか目をさらにするわけである。
当時は全国区があり、政党名を書くことになっていた。(党首名でも可)「自民」とか「社会」とか「共産」と書けば問題ないのである。フルネームを書く必要もなく、どこの党かが分かればいいのであり、たとえば「自」と書けば自民党。「社」と書けば「社会党」と「民社党」で1/2票分けると言うようなルールがあった。

で、その時にちょっと気持ち悪かったのが公明党票だ。有効票の多くが「公」とだけかかれたもの。中にはカタカナで「ハム」と縦になれべられたものもあった。「こうめい」というひらがなも有効であったが、「コメイト」というのもあった。また、無効票がハンパではなかった。どんな無効票かというと「学会」とか「ガッカイ」、「そうかがっかい」など。
お分かりだろう。政策も人物もない。すさまじい動員をかけているのである。
「選挙に行って『公』と書いて来い。『ハム』でもかまわない。とにかく行って書いて来い」
そんな世界なのである。宗教団体ならではの恐るべきパワーである。

同志社の森孝一教授によれば、創価学会の信者数は国民の10%に満たないという。そんな宗教団体が日本政治のキャスティングボードを握っている。
やはり森教授によれば、アメリカの宗教右派は18%である。この影響力のすさまじさは改めて述べるまでもない。

しかし、日本の創価学会の%はアメリカの宗教右派に比べて低くてもその影響力は決して劣らないと思う。それは、日本の選挙の投票率が低すぎるからだ。

いつまでも特定の宗教団体に日本の政治を左右させていて良いのだろうか?
その宗教団体はなにかと問題もあるのである。
影響力を排除することは簡単だ。もっと、皆が選挙に行けば良いのである。
だからやっぱり、選挙に行くべきなのである。
by garyoan | 2005-08-25 23:33 | 酔郷から
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