母校をたずねる

少し前に私の母校がどんどんなくなって行っている事を書いた。
24日に出身中学のすぐ近くで仕事が入ったので、あたりを散策してみた。
まず、中崎町、黒崎の商店街と本庄の公設市場。
40年前と変わらない店もぽつぽつ残っているが、そんな中に今風のおしゃれな店が、入り込んでいる。なんかしっくり来ない構図だが、地域の商店街がシャッターだらけになっているのを思うと、まだまだこの商店街は元気だなと思った。中学のとき、弁当の前に抜け出してコロッケを買いに行った肉屋はなくなっていた。その近くの赤飯の美味しかった和菓子店もない。私の友人のお父さん和菓子屋は昔のままだ。ちょっと覗くと、当時と変わらない格好で友人の父上が座ったいた。もう、80歳近くのはずだ。
私に好意を持ってくれていたらしい同級生のてんぷら屋はなくなっていた。
公設市場の中身はすっかりスーパーだ。専門店の中の鶏肉店、名前はやはり同級生の時のまま。豆腐店は親父の跡をついだ同級生がやっていた。
公設市場を抜けて扇町中学のあったところへ。確かあったはずの場所に北野病院がある。病院があったはずのところに新設の小学校がある。
私の記憶が混乱しているのか?
小学校のインターフォンを鳴らしてたずねてみると、「どうぞ」と校長先生が招き入れてくださった。
母校の扇町中学はずいぶん前に併合されなくなったという。北野病院も老朽化していたため、なんと病院と中学が土地を交換。中学の場所(つまりとなり)に新病院を建設。その後、旧病院を取り壊し、そこに小学校を新設したという。その小学校には扇町の名を残し、校舎の入口には戦前からあった門柱をモニュメントとして残したという。

十年一日と言うが・・・。母校と周囲の40年は意外に変わりきってしまったという思いはなかった。「存外みんながんばてるな」と思った。

c0024167_2225132.jpg長湯した銭湯。こざっぱりした感じに変わっている。



c0024167_22251534.jpg昔と変わらない。和菓子屋さん。

c0024167_22252722.jpg扇町中学にあった門柱。第2次大戦、空襲も見てきた。今は大阪市で一番新しい小学校に。
by garyoan | 2006-03-31 00:02 | 酔郷から
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