友人への手紙

 11月になってようやく秋めいてきたね。そっちはどうだろう。7年間、お世話してきた仕事から解放されて、季節の気配とともにすがすがしい気分だ。思えばいろいろなことがあった。君から見れば至らぬ点も多々あっただろう。しかし、私なりに全力で努めてきたつもりだ。君がメールで「まだまだ、こうした会は必要だ」と述べていたことをうれしく思う。きみの人望、才能は余人の及ぶところではない。より広範に人材を募り、明確な展望をもって益々会は発展することだろう。
 私は安堵し五柳先生に倣う。モルモン教とのかかわりも含めて以前から考えていた自分に帰る。もちろん、君との友誼は変わらない。会への協力支援も惜しまない。むしろ、深くなることを約束する。
 終電を待ちながら飲んで、議論したことが何度もあった。その時、君が言った言葉にこんなものがあった。「いろんな形の反モルモンとしての関わりがあって良い」と。私も全く同感だ。今はこの「私なりの関わり」を自らためしてみることになったと、そう理解して欲しい。もっとも昨今は反モルモンと自称するだけで、お粗末極まりない連中が跋扈しているのも事実だが、反モルモンがブランド化したというのも過去には考えられないことだったね。
 往時を思うと、お互い歳も取った。君はいくつになったかな。健康が黙っていても手に入る年代でもなくなったね。健康管理は怠りないか。いや、体の方だけでなくて心のほうもだ。
 これは友人の助言として聞いて欲しい、私への自戒の言葉でもある。心の健康には特に注意をして欲しい。インターネットが君の仕事の生命線であることは重々承知している。そのためインターネットが君の心の血行を悪くしているということはないだろうか。振り返って、少し確かめてみてくれないか。不確かな情報の流れに足元が揺らいでないか。達者だった議論がアングラネットの流儀で知らず知らずに皮肉や中傷にすり替わっていないか。体はバロメーターがはっきりしていて、わかりやすいが、心の健康判断は難しいものだ。お互い気をつけて行こう。
 尊敬する矢内原忠雄私は大学の退官に当って「わがサンチョ・パンサよ、来たれ」と呼びかけた。幸い私にはひとりのサンチョ・パンサがいて、今後も旅をともにすることになる。贅沢な人生に感謝しているよ。
 さて、箋も尽きて来た。そろそろペンを置くことにする。また、どこかでゆっくり飲もう。ガード下の例の店、オモニは辞めてしまったが、味も雰囲気も相変わらずだ。
by garyoan | 2006-11-07 11:16 | モルモン教
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