カテゴリ:酔郷から( 176 )

琵琶湖就航歌

4/20、近江八幡まで出かける。
湖東は久しぶり。近くに長命寺があることを知り、立ち寄ることにした。
前に一度だけ来た事があった。確か、結婚前250ccのバイクでひとりツーリングして来た。あの時は確か雨がしと降っていた。本堂の軒に降り込められて、静けさに浸った思い出がある。
今日は良い天気。長命寺方向を湖岸から見晴るかす。

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琵琶湖就航歌の歌詞が浮かぶ。

 西国十番 長命寺
 汚れの現世 遠く去りて
 黄金の波に いざ漕がん
 語れ我が友 熱き心

おんぼろ四輪車で九十九折を登って、山門に至る。
以前から不思議だったのだが、就航歌では「西国十番」と歌われているが、実際は三十一番と言うこと。
境内に進む。懐かしいというよりもほとんど初めての感覚だ。ただ、木立に囲まれて静かなことだけが変わらないようだ。
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正直、歳をとったと思う。その間、どれほどの経験をつんだと言うのだろう。現世に浸って、今日も煩悩はやまない。
それならそうでみんな引き受けて生活するしかない。
そう思って、煩悩の街へ帰る。
by garyoan | 2006-04-21 16:07 | 酔郷から

姫路城ちょい寄り

今日、仕事で姫路に行く用があり、姫路城に立ち寄った。
ちょっとだけ花を見、城を仰ぐ。
桜は散り初め。
若葉のコントラストのピンクの花びら。枝に残り、あるいは舞う。満開にはない風情。
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苔の上に散り敷く花びら、桜の褥だ。西行の心境かも。
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by garyoan | 2006-04-19 21:10 | 酔郷から

母子(もうし)へ行く

4/12.仕事で三田方面に行った。
思い立って、例の陶芸家の友人のところへ足を延ばしてみた。
作品を構想中に突然訪問して大変な迷惑をかけてしまった。
その途中、滝を発見。「尼ン滝」と言う。きれいな滝だった。
前日の大雨で水量も多く、力強い。
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by garyoan | 2006-04-14 08:31 | 酔郷から

WEB花見

忙しくて花見にもいけない私に満開の桜の写真データを送っていただいた。
9日の大阪南部の桜だ。
今日はすごい雨。桜も一気に終わってしまうかもしれない。そんな中、仕事で移動中、Birdの「さくら」を聞く。胡弓(?)の音と切ない歌詞がしみる。
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喧騒も雑踏も
そぎ落とされて
フレームにおさまる 気品

あなたはひとときだと言う
だから人は騒ぐのか

通り過ぎるだけだからこそ
永遠を感じてはいけないか
あなたの前で黙ってしまうと
おかしいか

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by garyoan | 2006-04-12 00:13 | 酔郷から

渡部恒三と言う人

<民主党>挙党態勢と継続性に重点を置いた布陣
今回の民主党人事、上手いなと思った。表向き全員再任ではあるが、既にいわゆる松下政経ラインは排除されていたわけだ。衆院選惨敗後に作った執行部は挙党体制ということになっていたはずだから、再任しても挙党体制を作らなかったといわせる事も出来ない。
まあ、そんな事よりも渡部恒三氏が国対委員長を継続して勤めることになった。私は個人的にこれがうれしい。
渡部氏のエピソードでよく覚えているのは、辻元清美さんが秘書給与問題で裁判となったとき、被告人証人(辻元側証人)として出廷して、証言したことだ。
当時、衆院の副議長(出廷時には前副議長)であった彼が刑事被告人の証人になるということは大変なことだったろう。
彼は辻元さんからの証人依頼に対してこう言ったと言う
 「私も若いときから多くの人に助けられて今日までやってこられた。今度は将来のある若者を助ける役回りになったわけだ」と。

法廷で彼は「辻元元議員のしたことは悪いが、議員の秘書制度自体にも問題があることは否めない」と言う証言を行った。
秘書給与で騙された立場の衆院の前副議長が同情的な証言をしてくれたことは大きかったと辻元さんは著書で述べている。

請われれば立場を超えて、引き受ける。将にサムライである。

メール問題で執行部や永田元議員がぐずぐずしていた時、渡部氏は「サムライらしくしろ」と辞任辞職を促した。単に言葉だけではない。本物が言った言葉であるから重みがある。

今しばらく表舞台が続く、せっかくであるから存分に活躍して貰いたい。
by garyoan | 2006-04-10 22:09 | 酔郷から

カレーパン 温める?

先日、コンビニでコーヒー一缶を買ったときの話し。
前に並んでいた、小学生2名。カレーパンをひとりひとつづつのお買い上げ。
「**円です」と言うレジのお姉さんに、この子達。

 「温めてください」

と言う。店員さん

 「袋を少し切りますよ」

と言ってレンジに入れた。
温まったカレーパンを持って子供たちは出て行ったが、私にはほのかな疑問が・・・。
カレーパンって温めるものか?
温めて食べるものなのか?


ただ、それだけのことだけど。
by garyoan | 2006-04-08 17:47 | 酔郷から

花器のこと  

昨日の記事の花器。見れば見るほど良い。
今日の写真は昨日のアングルとは逆で撮影。
釉薬がなくて、むき出しの感じがまた良い。
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きみは支える 花を
地球に代って

きみは与える 命を
水を湛えて

きみは立つ 自ら
大地を凝縮し

きみは沈黙する 私に
長い炎をくぐって来たから

きみに語りかける 私も
それは きみがきれいだかから
by garyoan | 2006-04-02 23:07 | 酔郷から

花器を買う

私の友人で元ホテルマンで現在陶芸家をしている人がいる。
三田の山奥(失礼)に住み着いてSEIZAN窯という窯を作ってがんばっている。
今日、やっと一品を購入する機会を得た。
日用食器が希望だったのだが、ほとんど花器しか焼いてないと言う。
自然釉の長石の粒が表面についた、小ぶりのものを購入。

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スーパーでなでしこを買って、活けてみた。

時間を忘れて見とれてしまう。
by garyoan | 2006-04-01 19:10 | 酔郷から

母校をたずねる

少し前に私の母校がどんどんなくなって行っている事を書いた。
24日に出身中学のすぐ近くで仕事が入ったので、あたりを散策してみた。
まず、中崎町、黒崎の商店街と本庄の公設市場。
40年前と変わらない店もぽつぽつ残っているが、そんな中に今風のおしゃれな店が、入り込んでいる。なんかしっくり来ない構図だが、地域の商店街がシャッターだらけになっているのを思うと、まだまだこの商店街は元気だなと思った。中学のとき、弁当の前に抜け出してコロッケを買いに行った肉屋はなくなっていた。その近くの赤飯の美味しかった和菓子店もない。私の友人のお父さん和菓子屋は昔のままだ。ちょっと覗くと、当時と変わらない格好で友人の父上が座ったいた。もう、80歳近くのはずだ。
私に好意を持ってくれていたらしい同級生のてんぷら屋はなくなっていた。
公設市場の中身はすっかりスーパーだ。専門店の中の鶏肉店、名前はやはり同級生の時のまま。豆腐店は親父の跡をついだ同級生がやっていた。
公設市場を抜けて扇町中学のあったところへ。確かあったはずの場所に北野病院がある。病院があったはずのところに新設の小学校がある。
私の記憶が混乱しているのか?
小学校のインターフォンを鳴らしてたずねてみると、「どうぞ」と校長先生が招き入れてくださった。
母校の扇町中学はずいぶん前に併合されなくなったという。北野病院も老朽化していたため、なんと病院と中学が土地を交換。中学の場所(つまりとなり)に新病院を建設。その後、旧病院を取り壊し、そこに小学校を新設したという。その小学校には扇町の名を残し、校舎の入口には戦前からあった門柱をモニュメントとして残したという。

十年一日と言うが・・・。母校と周囲の40年は意外に変わりきってしまったという思いはなかった。「存外みんながんばてるな」と思った。

c0024167_2225132.jpg長湯した銭湯。こざっぱりした感じに変わっている。



c0024167_22251534.jpg昔と変わらない。和菓子屋さん。

c0024167_22252722.jpg扇町中学にあった門柱。第2次大戦、空襲も見てきた。今は大阪市で一番新しい小学校に。
by garyoan | 2006-03-31 00:02 | 酔郷から

米球界の阿部四郎

日米決戦で物議のデービッドソン審判がまたまた誤審
野球ってスポーツなのだとあたりまえのことを思った。でも、アメリカの一部ではベースボールはスポーツではなくてエンターテイメントなのかも知れない。デービットソン氏にとってはベースボールはスポーツではないようだ。彼のやっていること誤審ではない。明らかに自分で試合の流れを作ろうと言う意図がある。
プロレスのレフェリーと同じだ。
「ベースボールなんて所詮エンターテイメント」と言うことで、「ベースボールのプロレス化」目指して米国で戦っているのではないかと勘ぐりたくもなる。まあ、そんなベースボールがあっても面白いかもしれないが。

そんなわけで思い出したのが、この人。阿部四郎。c0024167_10114623.jpgダンプ松本らと「組んだ」悪役レフェリー。クラッシュギャルズを徹底的に痛めつけた。熱狂的なファンに追われて生命の危険も感じる程だったという阿部氏だが「自分の役回りとして快感だった」と述懐する。大スターだった。

デービットソン氏はどうも道を間違えたようだ。ベースボールではなくて、プロレスに進むべきだった。きっと大スターになったに違いない。今からでも遅くない、日本にツテが出来たのだから、日本に来て女子プロレスあたりのレフェリーで再出発してはどうだろうか?メジャーリーグのアンパイアには永遠に戻れそうもないのなら、まんざら悪いアイデアではないと私は思う。

ちなみに、昨夜はテキーラで乾杯した。
by garyoan | 2006-03-18 10:30 | 酔郷から