カテゴリ:奇譚異譚歴史譚( 11 )

今井町探訪

奈良の今井町を仕事がてら立ち寄って来た。
あまりに駆け足でじっくり味わうことも出来なかった。
でも、住んでみたくなる風情のある町だった。

休息所の中庭から称念寺を
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称念寺二景
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今井町を歩く

子供が往来の真ん中に立ち
小学校の門も開放され
町屋の中庭にまで進んで無料休息

町というには
いささかの 違和感

めくれた板塀
はがれた土壁
頑迷に掲げられている杉玉
そんな合間を 君は 無邪気に飛び跳ねる
ミュールの音さえ気になるが
 --なんかぼろいよなぁ

無防備すぎるぞ
この町も君も

俗物オヤジが負け惜しみを言っている
by garyoan | 2006-05-12 00:07 | 奇譚異譚歴史譚

三輪山をしかも隠すか

三輪山といえば余りにも有名な額田王の歌。

長歌から読んで見たい。

味酒(うまさけ)三輪の山 あをによし奈良の山 山のまにい隠(かく)るまで 道の隈(くま) い積もるまでに つばらにも見つつ行かむを しばしばも 見放(みさ)けむ山を 心なく雲の隠(かく)さふべしや
 (三輪山よ、奈良の山の端に隠れてしまうまで、道の曲がり角がいくつも重なりまでとっくりと眺めて行こうものを、何度でも振り返り見はらしたい山なのに、それを雲が隠したりして言いものだろか。)

反歌が

三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情こころあらなも 隠さふべしや
(三輪山をこんなにも隠してしまうことよ、雲だけでも、思いやりの心があって欲しいものよ 隠してよいものではない)

この歌は天智天皇が明日香からいきなり近江に遷都を敢行した時の歌と言われている。天皇以下、額田王を含む皇族、百官が厳粛に道を進んだのである。当然、その地に残る神には丁重な礼拝が行われたであろう。
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ところが、歌碑は三輪山山麓に立つが、長歌を読めば明らかなように、歌はもっと北に離れた奈良山(平城山)で詠まれたものだ。明日香を離れ三輪山の麓を山の辺の道を行き、奈良を抜けようとした時の歌である。
奈良山は奈良を離れるポイントである。古来、ここで人は道祖神に旅の無事を祈念することになっていた。三輪山は神聖な山であり、大倭を象徴する神なのである。天皇家はそれを祀らなければならない。遷都を行えば、以前のような祀りできなくなるだろう。三輪山が遷都の一行から見えなくなるということはまさに神との別れと言う重大事なのである。
一行が奈良山にいた時、最後に見晴らす三輪山に雲がかかった。これは何らかの神意とおもわれた。もし、不興を買っているのであるなら、それを取り除かねばならない。改めて慇懃に惜別の思いを告げなければならない。そこで宮廷歌人の第一人者の額田王が呼び出されて歌を詠むことになったわけだ。額田王の歌は単にセンチメンタルな旅情を詠ったものではない。神のこころを沈める一種呪術的な歌なのである。

額田王は当時は天智天皇の妻であったので、天智に代わって歌を詠んだのであろう。彼女については弟である天武天皇との三角関係などスキャンダラスに伝えられるが、実際はどうであろう。彼女は皇族であり、優れた歌人であった。それは古代においてはシャーマン的な立場であり、大王の妻として側に仕える必要があったのではないだろうか。額田王はそうした事情で兄弟の大王に嫁いだのではないのだろうか。

しかし、額田王の歌は単なる儀礼歌を超える芸術性を持つ。三輪山への惜別の情は現代の私たちの故郷、友人、家族らとのへの想いと共鳴する。万葉時代の状況を知らなくても深い感動があるのである。
by garyoan | 2005-09-05 00:07 | 奇譚異譚歴史譚

大神神社かいわいを歩く

石上神社から足を伸ばして大神神社(三輪明神)へ向うことにした。国道の駐車場に車を入れ参道を歩く。石上神宮と違って露店が並ぶ。参拝者も一杯だ。
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大神神社は本殿がない三輪山自身が本殿であり、ご神体と言う。額田大王の歌でもそれは分かる。
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もっとも、古代祭儀行ったのは、山麓をもう少し北に行った方だという。多くの祭器が発掘されているという。往復、1時間ほどだと言うので歩いてみることにする。三輪山の山麓に沿ってたくさんの祠や社(やしろ)がある。三輪山麓一帯が聖地という雰囲気だ。そして、必ず山に向って鳥居が立ち、祠も社も山を背にしている。
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山麓を歩き出すと、そこは山の辺の道だ。緑のなか気持ちよく歩いたのは良いが、目的地を通り過ぎてしまった。しかし、完璧なハイキングコースである。ここが古代の街道だったのだろうかと思う。
玄賓庵のあたりまで来て、引き返す。写真はその辺りの野仏。
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夕方から仕事に戻らないといけない、時間がない。またの再訪を心に決めて、帰路を取る。
途中、額田大王の歌碑を発見。この有名な歌については次項にて。
by garyoan | 2005-09-04 00:14 | 奇譚異譚歴史譚

石上神宮訪問記(2)

 
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石上布留の神杉神さぶて恋をもわれはさらにするかも 
(いそのかみふるのかむすぎかむぶてこいをもわれはさらにするかも)
           柿本人麻呂歌集


若い頃はこれを本当に切ない想いを持って読んでいた事を思い出す。思い出せば、その頃(高校生の頃)から石上神宮にいつか行こうと思っていた。
万葉集を全く自分の世界で読んでいた。この歌の恋はまさに青春の恋であった。
私がイメージしたのは、傷心旅行でふと訪れた石上神社、そこで見た杉古木の美しさに心を打たれた作者が、よりいっそう恋人への想いを募らせるというものだった。
しかし、実際はこの歌の意味はもっとシンプルなものだ。
「石上の神社にあるご神木。それくらい老いてしまった。そんな私がまた恋をしてしまった」
というもの。何かの作業をしながら、軽妙に唄われたものなのだ。
「オジンになっても歳甲斐もなく、若い女性に目じりを下げる」そんな男の本性をからかった、歌謡なのだ。

若い頃、アララギ派の影響を受けて、万葉集を現代人のこころで読み癖があった私には、歴史的な分析や民俗学的な分析から万葉集が解釈されるのがイヤだった。しかし、段々と人生経験を重ねるうちに、こうした解釈が自然なものだと思えるようになって来た。

今、石上布留にやって来て、この歌を再び読み返して見ると、若い頃の感性が懐かしい。また、万葉人の歌の背景も心に浮かぶ。
なによりも、自分自身がこの歌に唄われてる対象であるおっさんになってしまった。

芸術はやはり永遠であろう。そして、永遠たらしめるためにも、自然や文化財を正しく伝える義務が私たちにはある。
by garyoan | 2005-09-02 00:56 | 奇譚異譚歴史譚

石上神宮訪問記(1)

仕事で天理市に行く用があった。
そこで、石上神宮と大神神社(三輪山)を訪ねてみた。今日はその石上神宮編。
ほどよく、枯れた良い雰囲気だと聞いていたが、全くその通りだった。
神社に入っていくと、鶏が悠然と歩いている。
神社の中を山の辺の道が通っている。山の辺の道は東海自然歩道と重なっているようで、その道標も掲げられている。

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この神社は日本最古と言われる。元は物部氏の氏社だったと記憶する。蘇我氏との構想に破れ、蘇我氏と聖徳太子の仏教導入政策によって、勢いを失ったと言う。
このの祀る神体は紛れもなく、日本史上でもっとも価値のあるものだ。七支刀がそれである。ご神体ということで、これは拝観できなかった。
古くて高い権威をもちながら、その歴史のほとんどをこの神社はひっそりと片隅で過ごして来た。
写真は摂社出雲建雄神社拝殿、小さな建物だが、本拝殿はよりも美しいと思った。
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下の写真が拝殿。
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石上神宮と言えば有名な万葉集のこの歌

 石上布留の神杉神さぶて恋をもわれはさらにするかも

私の若い時の愛唱歌(?)。「神さぶる」杉を探してみた。

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この歌については事項にて・・・
by garyoan | 2005-09-01 23:41 | 奇譚異譚歴史譚

言葉は正確にね

c0024167_12433649.gif武藤嘉文氏が引退表明 後継は二男と県議で調整
刺客とか九の一とか、時代劇がかった言葉が先行する、選挙戦序盤。
「造反議員」と同様で分かりやすいようで、違和感のある言葉。ホントのところを微妙に正しく伝えていない。
さて、ここで出て来た明らかな誤った使い方。

自民党前衆院議員で元外相の武藤嘉文氏(78)=岐阜3区=は13日、岐阜市内のホテルで開いた地元県議らとの会合で「二男に禅譲したい」と述べ、同区から立候補せず政界から引退することを表明した。同党岐阜県連も武藤氏の引退を了承した。

禅譲の本当の意味は「天子が、自分の子孫にでなく、徳の高い人にその位をゆずること」(学研漢和大辞典)である。モロ自分の子供に譲っては禅譲にはならない。
世襲以外のなにものでもない。

中国史での王朝交代の多くはこの禅譲である。本来は辞書のとおりだったのだが、それは伝説時代の話。有史では、簒奪者が、王権を最終的に奪う時、儀礼的に行われたものだった。

こじつけで例えれば、小泉自民党が選挙で惨敗して、その責任をとる形で小泉は退陣、その後任にアンチ郵政民営論者がなる。実際は政変なのだが、その後継者が「前総理の改革路線を引き継いで・・・」と腹にない事を言うのが、歴史的に正しい『禅譲』である。

はたして、今回の選挙、そうなるのか。
by garyoan | 2005-08-13 12:43 | 奇譚異譚歴史譚

不謹慎ですが・・ざまあみろ!

c0024167_23412769.gif7日目も進展なし 6カ国協議2週目へ
「今回は核問題を話し合うので、日本の拉致問題は事をややこしくするから取り上げない」
そろいも揃って、言ってくれたものだ。ホントこれには頭に来ていた。参加国にもわが国の政府、外務省にも。
ところが、ここに来て肝心の核問題でも解決が遠いようだ。

核心部分の「朝鮮半島非核化」の対象や範囲、見返り内容などについて調整が難航しているもよう

なんだそうだ。しかし、平和利用名目の核開発容認とか食料、エネルギー支援の要求などが出てくることも最初から分かっていたことだったのではないのか。いまさら何をやっているのだろうか。こんなことだったら、日本の要求も容れて拉致も議題にした方が良かったんではないのか。
蚊帳の外に置かれたはずの日本がなんか高みの見物の形勢になって来た。
ふと思う。関が原の合戦の小早川秀秋を。抜け駆けして支援を条件に拉致を一気に解決すると言う、裏切り行為もありかと・・・。絶対、良くないし、やってはいけないことだと思うが、それくらいされても米中韓露は文句は言えないぞ!
しかしまあ、拉致解決のためならそれくらいはやりかねないないというポーズは見せた方が良いのではないかとも思える。拉致解決のためにはあらゆる手段を取るという決意を示すということだ。

なんにせよ、共同文書作成がずるずる延びれば延びるほど、『面白くなる』のではないかかと思う。
by garyoan | 2005-08-02 00:38 | 奇譚異譚歴史譚

モロトフ・カクテル

逮捕の生徒、初めての遅刻 光高校の教室爆発事件
これはりっぱな爆弾テロである。
テロは断じてよくないが、テロが一定のメッセージを持つことも事実だ。c0024167_20322246.gif

 「同校によると、担任は『男子生徒がいじめを受けた状況はない』と説明。
 県教委も『男子生徒のトラブルの報告はなかった』」としている。

って、怪しいな。もっとも県教委の『報告はなかった』と言う言い方自体が、『報告を怠った学校の責任』という方向への逃げのようだ。
ちょっと犯人の気持ちになれば分かることだが、学校がいや、授業がいやというのなら、無人の自分のクラスを爆破するだろう。教師が気に入らないなら職員室を爆破するだろう。クラブがいやなら部室を・・・。
授業中の隣のクラスを爆破すると言うのは、明らかにそのクラスの人間(授業をしていた教師も含む)に恨みがあるのではないのか。
ましてや、現場近くで素直に捕まったことを思うと、少年にはある種の覚悟があったと思えてくる。しかし、繰り返すが、爆弾は作っもいけないし、ましてや爆発などさせてはいけない。

私らの時代には火炎瓶(モロトフ・カクテル)というものがあった。機動隊を相手にコーラのビンなどにガソリンを詰めたものを投げていた。大学のキャンパスなどでも飛び交っていた。作り方も三一書房の新書本など(確かそれも希代の革命家、チェ・ゲバラの直伝)で書いてあり、私も読んだことがある。もちろん作りはしなかったが。
学生運動を美化するつもりもないが、当時は稚拙ながらも、反戦や反日帝(恥ずかしい・・・)などの大きなスローガンがあった。しかし、この少年は同種の擬似兵器を使いながらも、その原因にはもっと深刻な問題があるかもしれない、と想像した。
by garyoan | 2005-06-10 20:32 | 奇譚異譚歴史譚

あのドラマ面白かったか?

「新選組!」来年1月続編放送
c0024167_1255689.gif大河ドラマ「新撰組!」だが、途中で見るのをやめた。幕末マニアの私がやめたのだから、よほどだと思ってもらいたい。「作りこみ」が多すぎる。やっぱり、本当の歴史にはドラマはかなわない。歴史小説も史実に近づけば近づくほど面白い。司馬遼太郎作品が優れているのはそのせいだと思う。
そもそも新撰組と言う集団は分裂と内部抗争を繰り返したテロ集団であり、それゆえに幕末と言う暴力至上の時代に咲いたアダ花である。彼らに大義とか理念などを注入して、そういう面でのヒーローに仕立て上げること自体が限界を超えている。
大河「新撰組!」続編にはもちろんまったく期待しないが、新撰組以降の土方歳三と言う人物には大変な魅力を感じている。近藤勇の刑死、そして榎本武揚らとの出会いで土方は優れた軍事リーダーの資質を結実させつつあったと私は思っている。
確かに心情的には新撰組の旗を背負って最期を全うしたが、土方自身は確実に自身を近代化していたと思う。
こうした点をいつか描ききるドラマに出会いたいとは思うが、三谷幸喜ではかなわぬことだろう。結局、彼の描く世界は現代社会でしかない。思い切って前衛でそうしているのではない。歴史的な知識がないから、「わざとしたような見せ掛け」をしているだけなのだ。

しかし、NHKの言う「「放送が終了し、半年経過した今も手紙やメールで続編の要望が届き、500件になった。」と言うのは大きな反響なのか?今回のプロジェクトX事実捏造問題(淀川工業グリークラブのこと)での批判はもっともっと多いと思う。じゃ、プロジェクトXもやめればと思った。
by garyoan | 2005-05-26 12:25 | 奇譚異譚歴史譚

サッカラ

Excite エキサイト : 芸能ニュース
c0024167_1721215.gif昨年母校の泊園記念講座で、吹田浩先生の講演を聴いた。

講演は大変面白いものだった。それからしばらくは古代エジプト史の書籍を読んだりした。その吹田先生が発掘で活躍されているのがこのミイラの発見されたサッカラである。名称は「日本・エジプト合同マスタバ・イドゥート調査ミッション」
サッカラは有名なギザからやや離れたところにあり、やはり貴重な遺跡の宝庫ということである。
この「日本・エジプト合同マスタバ・イドゥート調査ミッション」で調査されているのは第6王朝(前2360年頃)のものである。
で、今回の記事が第30王朝ということで、手元の資料で調べてみると、紀元前380~332年とのこと。この王朝に時にアケネメス朝ペルシャの侵攻を受けて、エジプト人による独立王朝は幕を閉じたと言う。
しかし、サッカラの遺跡、第6王朝から30王朝までをざっと見渡して約2000年!
エジプトの歴史の長さには驚かされる。
by garyoan | 2005-05-05 09:28 | 奇譚異譚歴史譚