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もうひとつの金科玉条

元記事
沼野が私のトラックバックを一方的に削除した。そこで、再度トラックバックを掛け、メールを出して抗議を行った。何度も述べているように沼野は大学の教員である。教養英語とはいえ、卑しくも最高学府で教鞭を取る者が一方的に議論を回避することはあるべき事ではない。「大学の教員としての資質を問うと」まで当方は述べた。それに対しての沼野の返信がふるっていた。「私の教員の資質が大したものでないことは、学院は知っています。どうぞ問うてください」である。早速、私は所属大学の学部長に対して事情を説明させていただいた。
そうこうするうちにこの記事である。
全く噴飯である。先に高山真知子が沼野にとって金科玉条であると私は述べたが、実はもうひとつの金科玉条がサンストーン誌とダイヤローグ誌である。沼野はモルモン擁護の議論に詰まると必ずこの二誌を挙げる。そしてこういうのである。「モルモン教にも改善する姿勢がある。この二誌に参加する気鋭のモルモン教徒たちがそうだ」と。
そして、あたかも自分もこの二誌に参加する気鋭のようなふりをしているのである。しかし、既に高橋弘氏の著作、論文に対するヒステリックな態度で明らかなように、沼野はモルモン批判に対して、沈着冷静な対応が出来ない。そして、議論をする姿勢もなければ、研究者としての当然の心構えさえ自ら否定しているのである。そんな沼野にモルモン批判者の分析など出来るはずもない。「グループダイナミックス」とタイトルし、「集団内、集団と個人、集団と集団の関係について明らかにしようとするグループダイナミックスや社会心理学が解明してくれるのではないか、と勉強中です。」とは勇ましい限りだが、社会心理学を学ぶつもりが少しでもあるなら、マインドコントロール論を学ぶほうがはるかに有益で、沼野の為にもなる。愚にもつかない、分類をして自己正当化を図ることよりもすべき事があるのである。
又沼野はコメントでこうしたことも述べている。
「私が言いたかったのは、Cのあまりに激しい言動に同じ要素を持つはずのBをAに押し返しているのではないか、という点です。米ではマイケル・クインも被破門者の組織も、Bが主催する催しに席を共にして、真実追求と健全化に努めているようにみえます。日本で穏やかな対話がなかなか出来ない様子を残念に思うわけです。」
これを読んで「なるほど」というものが果たしているだろうか?
沼野は自らモルモン教改革者だとアピールしたいのだが、既に馬脚は現れているのだ。改革者でも、内部批判者でもない。単にモルモンヒエラルキーからはみ出したモルモン研究者と言う肩書きにプライドを賭けている老信者でしかないのである。
by garyoan | 2005-02-27 22:24 | モルモン教

なぜ、切捨てられるか

 沼野治郎と「金科玉条」という言葉とを糸でつなぐと、そこには高山真知子という人物が引っかかって来る、沼野は高山が自身が主催する研究発表会にも招いて講演させるほどののお気に入りである。それは高山のモルモン研究が優れているからではない。「高山研究がモルモンに好意的であるから」だ。
 高山は継続的にモルモン研究をしているわけでもない。アメリカ宗教史、開拓史の研究家でもない。簡単にいくつかのモルモン研究書を読み、自らの宗教観とすり合わせて論文を書いただけなのだ。(高山はブリガム・ヤングについてもたった一冊の書籍を読んだだけで伝記を書いたと言う)
 さて、元記事では「異端と切り捨てずに云々」を「アメリカ宗教のメインストリームとモルモン教」と言う研究参加記から引いているのだが、モルモン教の歴史を学んだものなら、同所でのモルモン教の歴史認識には『?』がたくさん付く代物だ。特に一夫多妻制をアメリカの家父長制の回復運動という見方とはお笑い種である。
 現役モルモン教徒で、大学で英語の教鞭を取る沼野であれば、高山よりも深い知識を入手することは極めて簡単である。わが国最高のモルモン教研究家高橋弘氏の論文を読み、書籍に書評を寄せる沼野である。こうした不十分、正しくない点はしっかりと認識しているはずだ。しかし、沼野(そして、モルモン教)にとっては非モルモンで好意的な視点を持つものが咽喉から手が出るほど欲しいのである。腹の中では肯定的な考えしか認めないが、表面的には公正であると見せたいのである。
 単にモルモン教徒としての評価を下げるのであれば、好きで信仰しているふりをしているのだから、かまわないであろう。しかし、研究者をかたるのなら、最低限の公正さは身にまとうべきであろう
 また、教団自体に歴史に対する公正さがないから、モルモン教は過去には異端として、現在はカルトとして切り捨てられているのである。
by garyoan | 2005-02-19 23:52 | モルモン教

格調高い文

 最近、岩倉使節団について調べている。と言っても、毎度のモルモン教の歴史を調べる関連でだ。おそらく日本人で初めてユタのソルトレークを訪問し、記録を残したのは岩倉使節団の面々とその公式記録者だろう。彼らの記録には資料としての価値が高い。
 使節団研究書も読んでいる。「岩倉使節団『米欧回覧実記』」(田中彰:岩波現代文庫)だが、大変面白い。本来の目的を忘れて、読みふけってしまっている。
 その中で使節団が出発前の宴席で太政大臣三条実美から受けた送別の辞が紹介されている。

  「外国ノ交際ハ国ノ安危二関シ、使節ノ能否ハ国ノ栄辱(えいじよ
 く)ニ係ル。今ヤ大政維新、海外各国卜並立ヲ図ル時二方(あた
 )リ、使命ヲ絶域万里二奉ズ。外交・内治、前途ノ大業其成其否
 、実ニ此挙ニ在り。豈(あに)大任ニアラズヤ。大使天然ノ英資
 ヲ抱キ、中興ノ元勲タリ。所属諸卿皆国家ノ柱石、而(しこうし
 )テ所率ノ官員、亦是(またこれ)一時ノ俊秀、各欽旨(きんし
 )ヲ奉ジ、同心協力、以テ其職ヲ尽ス。我其(われその)必ズ奏
 功ノ遠カラザルヲ知ル。
 行ケヤ海ニ火輪ヲ転ジ、陸ニ汽車ヲ輾(めぐ)ラシ、万里馳駆(ち
 く)、英名ヲ四方ニ宣揚シ、無恙(つつがなき)帰朝ヲ祈ル。」


 筆者も述べているが、大変格調高い美文である。単に力強く美しいだけでなく、やはり文明開化の持つ、高揚したムードがビビットに伝わって来る。やはり時代が書かせたものなのだろう。
 しかし、比べるまでもないが、昨今のわが国政治家の言葉の貧困なことはなんであろうか。維新ほどではないかもしれないが、時代が逼迫している事は間違いない。なのに、あいもかわらず、いや、いよいよますます言葉が軽くなる。結局は言葉の発し手である政治家の時代認識の差であろう。時代が分かれば、現代政治家も良い文章もひとつが書かせて貰えるだろう。
by garyoan | 2005-02-19 23:02 | 奇譚異譚歴史譚

唯一真をやめたのか?

モルモン教が自らの宗教を「唯一真」と言うのはその設立当時からである。そして、その旗は未だに降ろされてはいない。モルモン教信者としての挫折から自分自身が「唯一真」をやめるのは大いに結構なことである。しかし、自分がそうだからと言ってモルモン教がそう言うのをやめたわけではない。「確かにそういう面があったことは否定できない事実」とはなんともとぼけた言葉である。モルモン教は神の言葉として現在も「モルモン教以外は悪魔の教会だ。どこにも属してはいけない」と教えている。この事実はどこに行ったのだろう。
また、記者龍氏は「信仰を持つ人たちにとっては、それぞれの信仰こそ『唯一真』なのだ。」と言う。まじめな信仰とはそのようは排他的なものではない。全く認識不足もはなはだしい。そして最後は「私にとって末日聖徒の教えは自分にとっての『唯一真』」だと言う。
結局は信じ切ることは出来ないが、モルモン教徒である事は捨てきれない。そうした心の葛藤が垣間見れる。しかし、葛藤を超えるための努力はなされない。最後は思考停止である。マインド・コントロールが働いているのである。
by garyoan | 2005-02-15 09:31 | モルモン教

モルモン・プロレスラー列伝(?)

モルモン教徒でプロレスラーといえば日本ではジャイアント・馬場ということになる。馬場は実質は脱会者だった。酒を飲み葉巻をふかす馬場をモルモン教は「背教者」と馬鹿にしていた。しかし、馬場が死去すると一転して「馬場兄弟」と言い出したのは有名な話。信者獲得の為にはなんでも利用したい、有名人は大歓迎というさもしさは全くモルモンらしくて滑稽だった。
ところで、プロレスの本場アメリカでも当然モルモンのプロレスラーがいる。有名なのはブラザー・ジョナサンである。残念ながら戦歴などは不明であるが、その肩書きはずばり『モルモンの殺人者』
よくも、教団がこんな名前を認めたものであるが、ブラザー・ジョナサンの息子もレスラーだった。名はドン・レオ・ジョナサンである。彼は父の称号も受け継ぎ『モルモンの暗殺者』と呼ばれた。その一方で「人間台風」と凡庸な肩書きも受けているが、これはいかにもインパクトが弱い。父と違ってドン・レオ・ジョナサンに関しては戦歴もかなりはっきりしている。故力道山の王座に2度挑戦したことがあるという。私の立場として特筆したいのは1963年にカリフォルニア地区でジャイアント馬場とタッグを組んで戦ったと言う事である。なんと、国境を越えたモルモン教徒同士のプロレスタッグチームが実現していたのである。
下克上、離合集散はプロレス界の常、やがて息子ジョナサンは1970年日本プロレスを来襲、ワールドリーグ戦に出場する。勝ち進み、決勝でかつてのタッグメイト馬場と対戦することになるが、あえなく敗れ去る。当時モルモン教は大阪万博にパビリオンを出し、懸命な宣伝を行っていたのだが、その喧騒の傍らで日米モルモンプロレスラーの対戦が実現していたのだ。
息子ジョナサンの得意技はハイジャックバックブリーカー。これはネットに画像があるが、相手を背中に担いで、自らスピンし相手を気絶させると言う大技である。そしてもうひとつがモルモン・シクル・バックブリーカー。うつぶせに倒れた相手の腰に側面から自らの両脛を押し付け、手で相手のあごと右足首をつかんだうえで後方に倒れ相手を弓なりの状態に持ち上げ腰を痛めつけると言う、これもやはり大技である。

息子ジョナサンの生まれはソルトレークであるが、バンクーバーに居を移し、ダイビングの会社を経営していたと言う。現在の消息が分かればまた知りたいものである。
by garyoan | 2005-02-13 16:25 | モルモン教

ユタのヒバクシャ

全くモルモン教徒の思考回路はでたらめである。
沼野治郎が劣化ウラン弾の危険性という文章を起こしている。

同爆弾が非人道的であると説いているが、それ自体には問題はない。至極当たり前のことである。むしろもっと深く掘り下げた発言が出来ないかとも思うが、それは元より望むべくもないことだ。
むしろ問題は後半である。沼野は言う「昔、ネバダの核爆弾実験場の風下に位置したユタ州セントジョージでも癌が急増したことがあった。米政府など体制側は問題ないとしているが、医師や科学者の声に耳を傾け、すぐにも劣化ウラン弾の使用をやめるべきである」まるでユタ州被爆者住民が被害者であるかのように述べているが、これは正しくはない。このことについては既に私は「アトミックエイジ」(豊崎博光:築地書館)の紹介で述べている。


モルモン教は異端教団の汚名をそそぐために、愛国者として、核実験被害を受けねばならなかったのである。
ユタ住民(モルモン教徒)を被害者としたのは政府だけではない、教団も加害者であったのである。沼野はこれを肝に命じて、所属教団とまじめに対峙すべきである。
by garyoan | 2005-02-06 20:51 | モルモン教

世間の方は良くご存知です

「泡沫の思念」と言うブログに主催者とモルモン宣教師との出会いが語られています。
「モルモン教徒の声掛けに会う。これを毒電波と言わず何という」と言う記事ですが、モルモンの教えを一般人は々受け止めているか、余すことなく語られています。

 アメリカ原住民がイスラエルの子孫ではなく、モンゴロイドであること。
 金版の重さの問題。

 そして、人種差別の問題。

「本物の電波とばしてるよ」と言う筆者の言葉は全く当を得ていますね。
モルモン教徒は「自分たちが恥ずかしい事を信じこんでいる」と認識すべきです。
by garyoan | 2005-02-02 14:06 | モルモン教