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哀愁の夫婦宣教師(3)

c0024167_22305344.jpg突然の老夫婦宣教師の迷惑訪問を受けた友人のところに、教会の監督から手紙が来た。
友人が既に脱会していると言うことだったが、脱会届が出ていないようなので、脱会するつもりなら改めて届けを書いて提出して欲しい、というものだった。
しかし、「脱会したかどうかが分からないので、念のため届けを出してくれ」とはなんとも人を舐めた話しである。つくづくおかしな団体である。まあ、勢力を拡大していると豪語する背景にはこうしたでたらめな会員数があるのだが。
こんな風に脱会届をきちんと処理せず、放置したり、握りつぶしたりするのは、モルモン教では当たり前である。ところがこうしてトラブルになると大慌てで処理をする。

結局、友人はその日の内に脱会届を提出した。
届けは監督が受理した後、ステーク会長経由で東京の管理本部に書類が転送され、登録抹消の手続きとなるのである。なんとも、のんびりした話しだ。

ちなみに信仰を失った宗教団体から離脱するのに書面は不要である。口頭で伝えればそれで十分であるし、団体は直ちに処理をしなければならない。

ところが、モルモン教は届出からひと月の猶予を設けている。これも本当はおかしい。

このブログを読んでいる人の中にはモルモン教を辞めたと思っている人も多いだろう。ところが、モルモン教はあなたを辞めたとは思っていない。
住所が変り結婚して姓が変ってもあなたの行き先を追跡している。
あらゆる手段を使って個人情報を漁っている。


覚えのある方はこの際、きっぱりと脱会してしまった方が良い。

会員でなくても英会話などで住所、連絡先などを宣教師に教えてしまった人もモルモンになる気がないならデーターを抹消するように、はっきり申し入れる方が良い。
by garyoan | 2005-07-15 22:31 | モルモン教

「信仰が人を殺すとき」:文芸春秋8月号の書評

c0024167_4413097.jpg文芸春秋8月号に鈴木宗男の腹心「外務省のラスプーチン」と言われた外務省職員(現在休職中らしい)佐藤優が「信仰が人を殺すとき」の書評を書いている。
以下紹介したい。
佐藤は本書からアメリカの病理現象を読み取る。それはアメリカ人は絶対的真理を自らが保有しているといううぬぼれであると言う。確かにその通りだ。既に高橋弘教授が指摘したようにモルモン教はアメリカの縮図である。
しかし、佐藤には大きな誤解がある。それはジョセフ・スミスが反奴隷主義者であったと言う点だ。これも高橋教授が「素顔のモルモン教」で指摘したとおりで、ジョセフに明確な反奴隷制の意識があったわけではない。佐藤は「モルモン教徒を奴隷解放運動の先駆者とする物語を構築することも可能だ」と大胆な意見を述べている。おそらく人種差別の教本である「高価なる真珠」を佐藤は知らないのだろう。
百歩譲ってジョセフが反奴隷主義者であったとしても、次の代であるブリガム・ヤング以降のモルモン教徒から反奴隷の思想を引き出すことは全く不可能である。奴隷制を支えてきたモルモン教徒の人種差別の意識は今も脈々と息づいている。
もちろん、「信仰が・・・」で取り上げられているモルモン原理主義者たちも立派な人種差別主義者である。というか、人種差別と性差はモルモン教義の根幹である。佐藤の読みはやや浅いと言わざるを得ない。
書評の最後で佐藤はこの本が現れた事について歓迎の言葉を述べ、「アメリカ人が自ら信じる絶対的真理に懐疑の目を向けることが出来るようになれば、世界はもっと安定し、アメリカの道義的影響力は現在よりも拡大すると確信する」と続け、文を閉じている。
確かに一面ではそうであろうが、モルモン教の被害者の立場からはこの言葉にはやはり一定の違和感をもってしまう。既にモルモン教は日本を始め諸外国に輸出されているのである。アメリカ産の宗教カルトやマルチビジネスなとの経済カルトがどれだけ日本にあることか。確かに本書のようにアメリカには強力な自浄作用が働くパワーがあることは間違いない。しかし、その一方でカルトのような非社会的団体の行動を放任するという困った側面もある。そのことが、アメリカ国内に留まらず、わが国にも良くない影響を及ぼしていると言うことも佐藤には見てもらいたい思いがある。
余談だがパリ市はアメリカ産カルトであるサイエントロジー信者のトムクルーズに名誉市民の称号を与えないことにした
カルトに厳しいヨーロッパと、カルト放任のアメリカとの考えの違いを見せた出来事である。結局、アメリカが道義的影響力を拡大することを云々する以前に、そもそも世界がそれを果たして期待しているのだろうか。
by garyoan | 2005-07-14 04:42 | モルモン教

モルモン教徒のニセ牧師

c0024167_17554361.jpg週刊文春の5月26日号のバックナンバーを取り寄せた。興味があった記事が載っていることを最近知ったからだ。それは、「ホテル・結婚式場の牧師の9割はニセ者だ!」(同号p47~)という記事だ。
結婚式場、ホテルの外国人牧師の9割がニセ牧師であると言うスクープ記事だ。
キリスト教式結婚式のブームが続いている。ホテルや式場ではチャペルをふたつ持ってフル稼働しているところもある。司式する牧師も大変である。結婚式は日曜日が多いわけで、その日は牧師も正規の仕事の日でもある。牧師は人手不足となる。その上、挙式者は司式が外国人(もっと言うと欧米の白人)牧師が良いと思っている。ところが、いくらキリスト教が少数派の日本でもそんなに欧米白人牧師がゴロゴロいるわけはない。
そこで、ニセ牧師の登場と言うことになるのだ。

昔のことだが、私の友人が神戸の某所で結婚式を行った。この時も外国人牧師が司式を行ったが、その牧師の振る舞いをしばらく見て「この人おかしいなあ」と思った。全く牧師っぽくないのである。今ははっきりとこれは「ニセ牧師」だったと断言できる。実は私も基督者の端くれで、元ホテルマンである。チャペル結婚式で本物の牧師のお手伝いをしたこともある。よほど上手に化けない限り、ニセ牧師を見抜く自信もある。と言うか、普通のクリスチャンなら牧師が本物かどうかは意外と簡単に見抜けるものだ。祝いの席ということもあって、おおごとになっていないだけだろう。記事にはキリスト教サイド正統牧師たちからの働きかけが始まっているとも述べられている。本件関係者には、あまり世間を舐めないで欲しいと思う。

ところで、記事によれば、ホテル式場と契約しているイベント会社や司会の会社がニセ牧師を作り上げて、派遣していると言う。

数年前だが私もこのことを裏付ける調査を依頼されて行ったことがある。
カルト問題の研修で三重県の某市を訪問した時のことだ。ある牧師先生から市内の結婚式場でおかしな牧師がいると聞いたのである。その牧師はアメリカ人で、結婚式が終わった後、聖書のような本を参列者に配っていたと言うのである。たまたま参列者に牧会する教会の信者がいて、その本を持って来て、牧師に見せたそうである。なんとその本は「モルモン書」だった
正統派キリスト教の牧師がモルモンの聖典を配るはずはない。明らかにニセ牧師である。しかし、その牧師先生はその式場がどうやってそのニセ牧師を見つけてきたのかわからない。抗議をするつもりだが、式場のシステムも詳しく知らない。証拠固めを含めてどうしたら良いのか相談されたのだ。
私のコネクションを利用し、この式場はHだと言うことが分かった。そしてHは教会や牧師と契約してはおらず、大阪市内のTと言うイベント企画会社から牧師の派遣を受けているとの事であった。なるほど、ニセ牧師がばれても式場の責任にはならないようにしてあるわけだ。私は早速この情報を牧師先生にお伝えした。

はっきり言って結婚式での牧師の台詞や立ち回りは簡単である。数日の研修も必要ないだろう。(台詞など聖書を見ているふりをすればいくらでもカンニング可能だ)確かに欧米白人にとっては美味しいアルバイトだと思う。

しかし、このモルモンのニセ牧師は単なるニセモノをはるかにの凌駕する厚顔無恥ぶりである。
正統キリスト教を悪魔の教会と言ってはばからないのがモルモン教だ。その悪魔の教会の牧師になりすまして、アルバイト代を稼いでいるのだ。それだけではない。モルモン教を広めるために「モルモン書」までをキリスト教の集会の中で配るあつかましさ。
多分、このモルモンのニセ牧師は派遣元のイベント会社にも内緒でモルモン書を配っているのだろう。常識では理解不能なゆがんだ熱意である。
当然、いち個人が式参列者の分だけの「モルモン書」を用意できるはずもない。モルモン教団も後方支援していることは間違いない

ニセ牧師であれ、それが結婚式の感動になると言うのであるなら、結婚の当事者に文句を言うこともない。ただし、ニセモノが跋扈するところにはそれに便乗する悪意があると思っていたほうが良い。幸せのスタートを祝福しに来た方々がカルトの餌食になっては、目も当てられない

式場やホテルでおかしな牧師(特にヘンな本やチラシを配ったりする)がいたら、是非連絡して欲しい。
by garyoan | 2005-07-13 17:55 | モルモン教

靖国神社からヤスクニを分祀する

<靖国神社参拝>自民衆参議員有志が「勉強会」開く
最近、「靖国問題」(高橋哲哉:ちくま新書)という本を読んだ。大変、勉強になる本だった。
靖国神社とヤスクニという新興宗教が何かと言うことをそうとうスッキリ整理できたように思う。
そんな中で、この記事だ。
ヤスクニ擁護派議員は「靖国参拝を支持する若手国会議員の会」とあるが、参拝するのが良いことか悪いことかだけを論じていて良いのか。
かたや批判的な「勉強会」も「日本は東京裁判を受諾し国際社会に復帰した。国際条約を守ることは憲法にもある。勇気のいることだが首相は大局的判断をすべきだ」と参拝是非問題に留まっている。
しかし、ヤスクニ問題の核心はもっと深いところにある。恐らく、両陣営ともそのことは分かっているが、「ややこしくなるので、考える事を避けている」のだろう。
それは、「靖国問題」の著者が指摘するように戦前には宗教を超越した宗教であったヤスクニを戦後決算としてどう処理するかと言う問題である。
ヤスクニは表向き伝統的神道の形式を見せながらも、その実体は全く新しい鎮護国家のために作られた官製新興宗教であった。それは、全ての宗教の上に置かれていたわけで、そのため、キリスト者であれ仏教者であれ全てが「参拝すべき」対象であった。
しかし、敗戦によってヤスクニは法的には普通の宗教団体になり果てた。単に一つの宗教団体であるのだが、戦前の影響と、戦没者を祀る性格からなおもこの「超宗教的施設」と言う権威を靖国神社は保持したままなのだ。
私は靖国神社が普通の神社のように日本人の年中行事に同化したものになるのであれば、それは「追悼施設」として十分意味を持つものであると思う。
ただし、そこには「追悼ではなく顕彰」を教義とするヤスクニがある。この厄介な宗教がある限り(あるいは教義を大きく改変しない限り)靖国神社は追悼施設になりえないであろう。
いわば、靖国神社から宗教としてのヤスクニを分祀するわけである
靖国神社が宗教問題であると私が言うのはここだ。
宗教問題を論じると言ってもそれは現実離れした空論の応酬でない。きちんと宗教としてのヤスクニを検証し、戦後の決算のひとつとして葬らなければならない。
by garyoan | 2005-07-12 22:49 | 酔郷から

オーガズモ見ました!

c0024167_17343270.jpgオーガズモのDVDを入手した。
ストーリーはモルモン教の宣教師が、ハウジング(戸別伝道)していて、ポルノ映画の撮影現場に遭遇。神殿結婚の資金の欲しさに宣教師の傍らポルノ映画に出演する。SFヒーロポルノの主人公として成功を収めるが、ひょんなことから彼女バレし、恋もモルモン人生も終わりになりかける。またその一方で主人公は真のヒーロ(?)へと変貌していく・・・。

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ポルノっぽい映画だが、ちょっとシモネタが濃いだけで安心して楽しめるコメディだ。
そうとう楽しめた。
モルモン教、モルモン宣教師、ユタ、ここらあたりをからかいまくっている。宣教師が単独行動したり、神殿結婚にお金がかかるなど、ちょっとした誤解もあるが、それは作りこみの上でのフィクションの範囲内で許せる。
カラミをやっている横で主人公がモルモン書を読み、別の出演者に説明をしようとするところなど、普通にナンセンスなのだが、モルモン教徒なら本当にやりかねない。そうした事がわかるので、爆笑してしまった。
主人公は懸命に「末日聖徒イエスキリスト教会(Church of Jesus Christ of Latter-day Saints)」と言うのだが、相手に「モルモンね」という感じで言い返されるところなど、リアルだ。よく見ている。(字幕では主人公の言葉も全て『モルモン』で訳されてしまっていてこれも一興)
主人公のフィアンセが電話で「ごめんね。今から聖歌隊の練習なの」と言うのも、これだけでくすぐられてしまう。このフィアンセの服装もまんま「モルモンの姉妹」である。
他にもモルモン教を知っている人ほど楽しめる内容が満載だ。と言ってモルモンを体験することは絶対勧めない
なにはともあれ、モルモンに関係ある人、あった人は是非見てもらいたい。
特に脱会者は見てモルモン教を笑い飛ばして欲しい。
もちろん、モルモンに関係ない人も楽しんで欲しい。
by garyoan | 2005-07-12 00:05 | モルモン教

比良廃屋めぐり(2)

c0024167_14101784.jpg釈迦岳までは軽快に歩ける縦走路だ。送電線に平行して歩く。ところどころ鉄塔に出会う。昔もそうだった。ロッジやロープウエイがなくなったのに必要なのだろうかとふと思う。途中、両手に登山用ステッキを持った男性とすれ違う。この日初めての「人間」である。
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挨拶を交わしてしばらく歩き、釈迦岳に到着。そろそろ、雨の気配が強い。

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弁当を食べて、大休止をと思っていると、降り始める。まだ、10時前だ。寄る年波で下りでの足の負担がつらいので、ゆっくり休みたかったのだが、本降りは避けたいので。下山を始める。
慌てず丁寧に足元を決めて降りて行くつもりだが、時々軽くすべる。転がっている塗れた枝がクセモノだ。

ロープウエイしゃかだけ駅跡に到着。駅には入れないが、トイレは使用可なので使わせてもらう。駅の写真を撮ろうとしたとき、10人ほどの若い男女混同パーティー登って来た。「え~。今から登るのかぁ」と思った。時間は10時半。上の方では本降りになったのではないだろうか。パーティが休憩を取ったため写真は撮れなかった。
ここからリフトのコースの下を歩く。

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リフトの設備は撤去されていないで、停まったままである。動いていないのが、不思議と言うか、せっかくあるのにもったいないとも思う。
雨が激しくなるなか、無事下山。リフトの駅周辺のトイレもコインロッカーも閉鎖されてしまっている。「長年のご愛顧ありがとうございました」の看板がさびしい。
路線バスも廃止されたそうである。なにもそこまでやめてしまわなくても良いのにとも思う。朝は気にならなかったが、イン谷口の出会い小屋もこの時間になっても閉まったままだった。この小屋も閉鎖されたのだろうか?だとしたらますますさびしい話しだ。

雨はいよいよ本降りだ。ぬれた体を車のシートに押し付けて、一路比良とぴあへ。
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600円の温泉で、汗を流す。温泉施設としてはサウナや露天風呂程度の簡単なものだが、泉質はなかなか良かった。
これからも何度か比良には来るが、その都度お世話になるだろう。
by garyoan | 2005-07-11 01:09 | 私はやせる

比良廃屋めぐり(1)

c0024167_13401187.jpg7月に入っていきなり梅雨らしくなってしまった。7月8日は休みを取っていたので、どこかに登りに行こうと考えていた。関西地方はの予報では午後から雨。京都、滋賀なら午後3時ごろから雨ということで、早朝から昼過ぎまでの行程で比良の前峰、堂満岳に登りに行った。
午前5時過ぎ家を出て、イン谷口に着いたのが、6時30分。正面口から登り始めようとしたが、ルートに考えていた「青ガレ」が落石多発で登らないようにとの警告があったため。予定を釈迦岳に変更する。大山口からカモシカ台を越えてダケ道、北比良峠に出るオーソドックスなコースだ。
天候はいつ降り始めてもおかしくないような曇り。既に展望はあきらめている。
。テープを頼りにルートをたどるのだが、以外にテープも少ない。ルートを自分で拾うようにして登る歩きはじめるのが楽しい。
もちろん、ひとけはゼロ。ガスも深く、既に夕方のようだ。そこに鳥の声、風の音、神秘的な雰囲気である。
ほぼコースタイム通りでカモシカ台に到着。日々の運動の成果か楽に登ってこれた。
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小休止で北比良峠に向う。もちろん途中で展望は、全くなかった。峠手前で神じの滝からのルートと合流。ずいぶん昔のことだが、このルートを2度登ったことがある。比良では難ルートと言われるルートで初めの時は迷って藪をこいでロープウエイ駅直下に出たことがある。若かったとは言え無茶をしたものだ。次はちゃんとルートを辿って登りきった。懐かしく思い出される。
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写真は神じの滝ルートからの出会い。最後は鎖場だ。

北比良峠からはここが1000m近い場所かと思うほど平らなルート。
元ロープウエイ山上駅に至る。
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駅前のケルンのモニュメント。これも懐かしい。昔勤めていた職場の山岳部の山行のときここで、昼食をした事を思いだす。そのときこのケルンの周りは本格的な登山の姿をした人たちや、大学のワンゲル部、ロープウエイで上がって来たピクニックの家族連れなどでごった返していた。それが、全くの無人である。
比良ロッジの前を通って釈迦岳を目指す。比良ロッジも閉鎖されているが、窓の向こうにはまだ、誰かが霧のせいで停滞しているのではないかと思える。比良には何度も来たが、天気が良かったことは少ない。雨に降り込められてここで暖を取ったことも懐かしい。もう、永遠に復旧しないのだろうか?
しかし、分けの分からないハイカー連中が来て山が荒らされるのもイヤだ。そう思うと気分は複雑である。

比良明神にお参りするころから、風が強く、ガスも粒になってくるように感じる。9時少し過ぎだが、先を急ぐことにする。
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比良明神境内の野仏
by garyoan | 2005-07-11 00:31 | 私はやせる

関大!おめでとう!

関大が初優勝 全日本大学サッカー


くれない 千里 桃源の・・・

関西大学

万歳!!



by garyoan | 2005-07-10 21:03 | 酔郷から

哀愁の夫婦宣教師(2)

c0024167_10543646.jpgこの夫婦宣教師が置いていったチラシには、教会の「夏まつり」の案内であった。それには、手書きのやや長文のメッセージと連絡先が記載されていた。
友人と相談の上、私はこの宣教師宅に電話を架けた。

私がどうして実質脱会者の住所を入手できたのか、と尋ねると

 「知らない。本部からもらったリストを使って訪問しているだけだ」

と言う。

私が、何度も転居しているのに何故分かったのか、こうしたことは個人情報保護法に触れることではないか、と尋ねると

 「私は指示に従ってやっているだけだ」

と言う。

そこで私がかなり厳しく、「君たちが『宣教師』と言うなら、やっていることがまともかどうかの判断ぐらいはできるだろう。君たちは普通の人なら少なくともおかしいと思うことにすら、疑問を感じないのか?」と迫った。
すると

 「あなたは何を言ってきているんだ。裁判所に行くぞ」

と、叫ぶ。私が、「何を言っているのか。訴えられるのは君たちだが」と答えようとすると、相手は一方的に電話を切った。
やれやれである。

再度、架電し、今後友人宅には絶対訪問しないように伝えると。

 「ああ!それはもうしませんよ」

と、つっけんどんに言った。私は「これは大変な問題だと思う。貴殿と貴殿の所属する伝道部に正式な問い合わせと抗議を行うので、誠実に対応するように」と告げて、電話を置いた。

この老宣教師夫妻の所属するのはモルモン教の広島伝道部である。しかし、他の伝道部でも他の宣教師が同様の事を行っていると言う。

以前、秋田で市職員であるモルモン教徒が住民票や納税関係の書類を使って信者の情報を収集して問題になったことがあった。おそらく、モルモン教は現在も住基ネットなどを使って、所在不明になった信者を追跡しているのだろう。既に膨大な個人情報が集積されていることは間違いないだろう。

到底、放置できない問題である。法の専門化とも相談し、追及して行きたいと思っている。

しかし、この夫妻は哀れである。情報に寄れば既に70歳に近いという。この年齢になってなおも教団の言うがままの生き方なのである。批判する姿勢がないことはもちろん、常識に従って物事を判断する力も失ってしまっているのである。

「教団が言うからやっているだけ」
怖い言葉だ。これが驚くべき暴力を生むのは、モルモンの過去の歴史はもちろん、わが国のオウム真理教の一連の事件が証明している。

マインド・コントロールを受けていると言う点では、オウム信者もこの老夫婦も同じである。
by garyoan | 2005-07-10 10:54 | モルモン教

やっぱり、はちみつ好きなのか?!

<クマ>製鉄所の倉庫に”ろう城” 岩手・新日鉄釜石
c0024167_17411569.jpg別項で詳しく書くが、比良は釈迦ケ岳に登って来た。登山口で「最近、熊を見かけた人がいます。気を付けて下さい。鈴などを見に付けるなどしてください」との看板があった。あのね、登山口で「鈴を・・・」なんていわれても、持って来てない人はもうどうしようもないの!
そんな文句が出た。
で、帰って来るとこの記事。
そうか釜石で熊が出たのか。
8日から9日にかけて倉庫に籠城しているようだ。(今現在は不明)
 「倉庫の出入り口2カ所にはちみつでおびき寄せるワナ付きのドラム缶を仕掛けた」
ってやはり熊ははちみつ好きなのか!プーさんの嗜好は熊としては一般的だったのだ。
しかし、ずいぶん手厚い対応だ。射殺など物騒なことはせずになんとか無血開城して欲しい。
 「クマは構内に入り込むことはあったが、工場内に入ったのは珍しいという」
そりゃあ珍しいだろ。工場構内に入り込むだけでも一大事件だと思うが・・・。
しかし、新日鉄釜石、熊と共存しているようで、良いなあ。
こういう会社に頑張って欲しいものだと思う。
ちなみに熊についてだが体調1.5mで体重100kg。人間なら完全に太りすぎだが、里に下りてくるくらいだから、これでもやせているのだろうな。熊の標準体型とか健康な体脂肪率なども、ふと知りたくなった。
登山でもっと減って欲しかったが、私は本日現在76.0kgジャスト。体脂肪率が22.0%。
減らない!
by garyoan | 2005-07-09 17:41 | 私はやせる