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転居先は?

仕事で神戸元町に行く用があった。
時間調整でガード下を歩いた。時間が早かったこともあってほとんどのシャッターが下りたままだった。中に見つけた可笑しな掲示。

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転居先は一切書いてない。ミステリー転居だ。
by garyoan | 2006-04-28 19:51 | 酔郷から

どっちが美味しい?

私のパートナーさんから質問を受けた。彼女は知り合った人にこの質問を必ずするという。
それは明治製菓のチョコレート菓子、

 「『きのこの山』と『たけのこの里』のどちらが美味しいと思うか」

と言うものである。

私がこの質問を受けた時、実は「たけのこの里」をまだ食べたことがなかった。
だから、回答は留保したのだが、そんな矢先、スーパーでこんな商品を見つけた。
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「きのこの山」「たけのこの里」両方が入った商品だ。早速買って、食べてみた。(ダイエット中に良いのか?)
私的には「きのこの山」の方が美味しいと思ったが・・・。
by garyoan | 2006-04-27 22:35 | 酔郷から

茨木のり子「六月」に思う

なんかホリエモンが保釈されるかもしれないそうで・・・。
堀江時代のライブドア商法は虚業だという。それはそうだったと思う。
だがしかし、現代社会はこうした一種の「虚業」に依拠して成立していないだろうか。原油価格の高騰も産油の実態と言うよりも投機としての理由が大きいと言う。
そんな社会をひとくくりに批判するつもりもない。正直、私もそうだが、こんな世界から恩恵を受けている。
私の友人が都会を離れてしばらく消息を断ちたいと言っていた。私も半ば同意し、同行したいものだと申し出たが、友人は「君ともしばらく音信不通だ」といわれて、苦笑した。
そして、帰宅してふいに思い浮かんだ、茨木のり子のあまりに美しく力強い詩。

    六月

     どこかに美しい村はないか
     一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
     鍬を立てかけ 籠を置き
     男も女も大きなジョッキをかたむける

     どこかに美しい街はないか
     食べられる実をつけた街路樹が
     どこまでも続き すみれいろした夕暮は
     若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

     どこかに美しい人と人との力はないか
     同じ時代をともに生きる
     したしさとおかしさとそうして怒りが
     鋭い力となって たちあらわれる

             (見えない配達夫)
 

茨木の一連の詩には確かな生活、実業がある。そして、「何処か」を希求しながらも、そこが「ここ」であるべきだと主張し続ける。茨木の時代の可能性でもあったのあろうか。今は「ここ」すらも危うくなっている。この詩「六月」が発表されたのが昭和33年で私が4歳の時、しかし、それからどんどん私の足元は崩れている。
優れた詩人は預言者でもある。そして、預言者の言葉は賞賛されても採用されることはない。
by garyoan | 2006-04-27 02:22 | 酔郷から

エロ物語と言うのか・・・

言葉の意味がよく分からないが「やおい系」とか言うのだろうか、ボーイズラブにはまっている方がいた。とあるスポーツマンガのキャラクターに仮託して同性愛を描いているのだ。拝見したが、ちょっと読むに耐えられない内容だった。
ご本人は「性描写があからさまで不快感を感じる恐れがあるので、ご注意下さい」と言うようなことを書いていたが、そんな話しではない。ストーリーとして成立しない内容だったのだ。性描写、それも興味本位で描いている同性同士のそれを自身の欲求不満の解消にとしている程度のものだ。

別にわいせつな描写や物語が悪いなどとお堅いことを言うつもりはない。
でも、エロチシズムはもっと深いもので、もっと「よくない」ものだ。

で、私もちょっと妄想して書いてみた。意味深で返って結構エロイと思うが・・・。

あなたが隣で寝ているのに
あなたの夢を見た
それが なんとなく 自慢で
でも 話すと あなたは怒るだろうね

あなたは低血圧のせいで
明け方 シーツを泳いでる
そんな姿が たまらなくて
なんどか口づける

南向き 昨夜から開け放した窓
朝の風
始発電車の音
仕事の予定
が 流れ込んで来る

--珈琲はどう
--朝は食べないの

うなづきながら
君が火を点けたタバコ
その先にほのかな後悔が立ち上る
by garyoan | 2006-04-23 23:27 | 酔郷から

琵琶湖就航歌(続き)

琵琶湖就航歌のことすこしネットで調べてみた。
高島市のサイトに詳しい情報があった。

ジュニア第九合唱団のライブ合唱もあって、素直で伸びやかな歌声に感動する。
もうずっと前、大学に入ってすぐぐらいにとある教授が死去された、その方は京大の出身でこの琵琶湖就航歌を愛唱されていたとのことで、追悼の集会でこの歌がグリークラブによって歌われたのを覚えている。加藤登紀子の大ヒットがあって曲は知っていたが、6番まであるとはその時まで
知らなかった。加藤もカラオケも4番までだったと思う。
高島市のサイト情報で分かるが。この歌は、旧三高(現京都大学)のボート部の合宿訓練のさいに生まれた歌で、その時の立ち寄り先が歌詞に入っている。だから、6番まで聞く、あるいは歌うほうが本当だし、感動も大きい。
最後の6番に登場する長命寺は最後の寄航点だったようである。そう思うと、合宿最終日の達成感と仲間との一体感が歌詞にあふれている。
琵琶湖のすばらしい景観、深い歴史と青年のロマンチシズムがひとつになった佳曲だ。
この曲を聴くたび、どこかに行きたくなる。

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長命寺内にて
by garyoan | 2006-04-22 09:49 | 酔郷から

琵琶湖就航歌

4/20、近江八幡まで出かける。
湖東は久しぶり。近くに長命寺があることを知り、立ち寄ることにした。
前に一度だけ来た事があった。確か、結婚前250ccのバイクでひとりツーリングして来た。あの時は確か雨がしと降っていた。本堂の軒に降り込められて、静けさに浸った思い出がある。
今日は良い天気。長命寺方向を湖岸から見晴るかす。

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琵琶湖就航歌の歌詞が浮かぶ。

 西国十番 長命寺
 汚れの現世 遠く去りて
 黄金の波に いざ漕がん
 語れ我が友 熱き心

おんぼろ四輪車で九十九折を登って、山門に至る。
以前から不思議だったのだが、就航歌では「西国十番」と歌われているが、実際は三十一番と言うこと。
境内に進む。懐かしいというよりもほとんど初めての感覚だ。ただ、木立に囲まれて静かなことだけが変わらないようだ。
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正直、歳をとったと思う。その間、どれほどの経験をつんだと言うのだろう。現世に浸って、今日も煩悩はやまない。
それならそうでみんな引き受けて生活するしかない。
そう思って、煩悩の街へ帰る。
by garyoan | 2006-04-21 16:07 | 酔郷から

姫路城ちょい寄り

今日、仕事で姫路に行く用があり、姫路城に立ち寄った。
ちょっとだけ花を見、城を仰ぐ。
桜は散り初め。
若葉のコントラストのピンクの花びら。枝に残り、あるいは舞う。満開にはない風情。
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苔の上に散り敷く花びら、桜の褥だ。西行の心境かも。
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by garyoan | 2006-04-19 21:10 | 酔郷から

みちのくイエス

c0024167_2053673.jpg以下は4/16発行の「勇気と真実の会 会報」の巻頭言として書いたもの。
転載する。

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 青森県新郷村をご存知だろうか。イエス・キリストの墓があることで有名だ。伝説ではコルゴダの丘で死んだのは実はイエスの弟であって、本物のイエスはエルサレムを脱出し、この村で余生を全うしたと言うのだ。村ではイエスを偲んで毎6月には「イエス・キリスト慰霊祭」が行われ、神官が墓の十字架に向かって祝詞を上げ、その後村人が十字架を回って盆踊りをすると言う。
 敬虔で厳格なキリスト教徒からすれば、なんともとんでもない激怒ものの話しで、抗議殺到ではないかと思いきやそうでもないようだ。もちろん、村の方々もイエスが村で死んだとは本気で信じてはいない。ただ、墓(らしきもの)があるのは事実であって、そこに眠っている人がいるならそれを祀るのは当然だと思っている。たまたまその墓のがイエス・キリストのものと言う伝説があったと言うことに過ぎないという。こうしたおおらかさがこの伝説を許してしまって
いるのだろう。
 ところで、イエス・キリスト出現のやエルサレム脱出などの話しはモルモン書にも記載されている。あれこれしかつめらしい理由をつけているが、客観的にみれば、モルモン書の内容など「みちのくイエス」と同類だ。むしろ、御用学者を動員しもっともらしい言い訳をしている点ではもって始末が悪い。その上、モルモン教ではモルモン書に書かれたことは真実と信じないといけない。そして、それを受け入れるないと救われないし、受け入れれば選民意識も共有できる。
 信教は自由である。何を信じようとどんな祭儀を行おうと自由である。それ自体は人から見て「けったいなもの」であっても抑制することは出来ない。しかし、その教えを受け入れないと救済されない、などと言い出すと危険だ。既にカルトの入口だ。これは断固、糾弾されるべきだ。
 新郷村のみちのくイエスの伝説とモルモン教、ばかばかしさは甲乙つけがたい。しかし、「みちのくイエス」の方がはるかに健全である。そして、イエス・キリストの精神に近い。
by garyoan | 2006-04-17 20:07 | モルモン教

花見の下見再度

と言うことで、花見の下見にもう一度行ってきた。
まあ、トレーニングなのだけれど・・・。
さあ、芽が出てきた。確かめながら、弁当を食べる。

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帰路、モリアオガエルが産卵するという池を通る。こんなコンクリートの水槽で本当に産卵があるのか?
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登山口の桜はまだまだ満開。
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下見は1時間半ほど。帰宅して仕事に戻る。

遅れても
それはかまわない
季節は裏切らないよ
だから必ず 会えると思う

皆が忘れた頃の方が
僕にはうれしい
そして 誰も知らない場所で
少しは優越感を

君は来る でも
待つのではなく
何度でも確かめるさ

君が来ること それが
待ちきれないから
今日もやって来たんだ
by garyoan | 2006-04-14 23:11 | 私はやせる

母子(もうし)へ行く

4/12.仕事で三田方面に行った。
思い立って、例の陶芸家の友人のところへ足を延ばしてみた。
作品を構想中に突然訪問して大変な迷惑をかけてしまった。
その途中、滝を発見。「尼ン滝」と言う。きれいな滝だった。
前日の大雨で水量も多く、力強い。
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by garyoan | 2006-04-14 08:31 | 酔郷から