ユタのヒバクシャ

全くモルモン教徒の思考回路はでたらめである。
沼野治郎が劣化ウラン弾の危険性という文章を起こしている。

同爆弾が非人道的であると説いているが、それ自体には問題はない。至極当たり前のことである。むしろもっと深く掘り下げた発言が出来ないかとも思うが、それは元より望むべくもないことだ。
むしろ問題は後半である。沼野は言う「昔、ネバダの核爆弾実験場の風下に位置したユタ州セントジョージでも癌が急増したことがあった。米政府など体制側は問題ないとしているが、医師や科学者の声に耳を傾け、すぐにも劣化ウラン弾の使用をやめるべきである」まるでユタ州被爆者住民が被害者であるかのように述べているが、これは正しくはない。このことについては既に私は「アトミックエイジ」(豊崎博光:築地書館)の紹介で述べている。


モルモン教は異端教団の汚名をそそぐために、愛国者として、核実験被害を受けねばならなかったのである。
ユタ住民(モルモン教徒)を被害者としたのは政府だけではない、教団も加害者であったのである。沼野はこれを肝に命じて、所属教団とまじめに対峙すべきである。
# by garyoan | 2005-02-06 20:51 | モルモン教

世間の方は良くご存知です

「泡沫の思念」と言うブログに主催者とモルモン宣教師との出会いが語られています。
「モルモン教徒の声掛けに会う。これを毒電波と言わず何という」と言う記事ですが、モルモンの教えを一般人は々受け止めているか、余すことなく語られています。

 アメリカ原住民がイスラエルの子孫ではなく、モンゴロイドであること。
 金版の重さの問題。

 そして、人種差別の問題。

「本物の電波とばしてるよ」と言う筆者の言葉は全く当を得ていますね。
モルモン教徒は「自分たちが恥ずかしい事を信じこんでいる」と認識すべきです。
# by garyoan | 2005-02-02 14:06 | モルモン教

運勢鑑定のチラシ

私はマンションに住んでいます。
大体、宣伝広告のチラシは1階の集合ポストに放り込まれています。
マンション買い替えとか特売とか・・・まあ、ほとんどが即座にリサイクルゴミ仲間になるわけです。ところが、今日珍しく玄関ドアにチラシが入っていました。こちらのマンションは70戸ほどありますから、大変な労力だったと思います。
ところで、そのチラシが「運勢鑑定」のチラシでした。占ってもらうと運気が上昇するらしい。
で、ちょっと考えたのですが・・・
先に、「だれが占って欲しいか」を占えば、こんなチラシ、労力や時間を無駄にせずに住んだのにと。
ちなみに私は血液型、星座をふくめて占いは一切信じません。
# by garyoan | 2005-01-31 21:14 | 酔郷から

モルモン歴史学会?

モルモン教徒沼野治郎の話題の続きである。沼野は昨年ユタで行われた「モルモン歴史学会」に出席し日本人で唯一発言の機会を持ったと言う。

実は、沼野はこの発表前に私に取材を求めて来た。私は沼野の研究姿勢には問題があると思っており、取材は断るつもりであった。沼野が批判してていたモルモン研究者からも応じない方が良いとの助言を受けた。
それは、沼野に話すことは都合よく歪曲され、利用されることは必至であるからである。それは私も分かっていたが、結局、私は取材に応じることにした。ただし、私は沼野の「聞きたいこと」には極力応じぬようにし、返って沼野のモルモン教に対する姿勢、モルモンの歴史についての姿勢についてこちらから問うように勤めた。そして、沼野が取材結果をゆがめている事実が出た時には、厳しく指摘することにしていた。
取材中、予想されたことではあったが、彼は既にモルモン信仰を喪失していること、知恵の言葉などのモルモン戒律を破っていることがはっきりした。しかし、彼はなおもモルモンにとどまると言う。「(無邪気に)信じている人間の信仰を事実を伝えて踏みにじれない」と沼野は言った。そのためモルモンの問題点について今後もヒントを与え続けて生きるとも言った。
しかし、これは口先だけのことだったと私は沼野の今回のモルモン歴史学会の記事を見て思う。沼野は記事でどう言っているか。彼のブログから引用する。なお沼野の記事はこちらでも読める。

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最近は収束(?)

 最近数年は、上記のようなサイトの性格が、インターネット利用の教会員に衆知されたためか、従来の反モルモン的文書に対するのと同様、当初のような著しい動揺や教会離反の話は聞かれなくなっているようである。ただ、インターネットの検索で上記のようなサイトを目にする人はその後もあると思われる。また、学究的モルモン史の知識を得ても、宗教実践・教会生活と教会史とを分けて受けとめ、教会に留まる人が出始めている。
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沼野はやはり私から聞いたことは一切触れず、自分の都合の良い話しだけをしている。といっても、私からは多くの情報が取れなかったというのが本当なのだ。実際のとことは、モルモンからの脱会者は日ごと増加し、脱会者への賛同も増加している。むしろ終息しつつあるのは日本のモルモン教の方である。沼野はこの学会で自分の希望的空想を述べたに過ぎないのだ。
そこまでして、信仰もないモルモン教をかばう姿に私は滑稽さを超えて恐怖を感じる。マインド・コントロールの恐ろしさである。
ところで、「モルモン史の知識を得ても、宗教実践・教会生活と教会史とを分けて受けとめ、教会に留まる人」について、私は「事実を知ってもなおモルモンでいるのは、マインド・コントロールの所以である」と明言している。「所詮、カルト宗教に歴史はない。歴史学を語ることは出来ない」とも言った。沼野は答えなかった。答えられなかった。
沼野を含めてモルモン教徒のほとんどがいつもそうであるが、こうした本質に入る議論では思考が停止する。巧みに回避して、思考が臨界点に来ないようにする。
先に述べたモルモン研究者が沼野についてこう語った。「沼野は日本のモルモン教徒としてのモルモン研究者の立場がほしいのだ」と。的を射て余りあると思う。沼野は既にモルモンの本流から離れ、モルモンヒエラルキーでの出世は絶望である。そんな沼野にとって日本人モルモン唯一の「モルモン研究者」というポジションは最後のプライドなのだ。そう考えてくると、沼野が信じてもいないモルモン教に執着する理由、他の研究者にヒステリックになる理由が見えてくる。
私たちにとっても沼野治郎と言うモルモン教徒はカルト被害者を考える上で非常に興味深い事例でもある。
# by garyoan | 2005-01-30 07:09 | モルモン教

富豪刑事

ドラマ富豪刑事にはまっています。
当方、恥ずかしながら、中年です。
ま、でもはまったものは仕方ない。
ちなみに刑事ドラマでは相棒にも・・・。
トリビアも見ずに・・・、おじさんテレビ朝日の思う壺です。

しかし、深田恭子の「あのう、ちょっとよろしいですか」の台詞、流行語大賞いけるかも?
# by garyoan | 2005-01-29 11:37 | 酔郷から

「素顔のモルモン教」書評のでたらめ

モルモン教徒で大学の教員の沼野治郎が自ら発行していた機関誌「モルモンフォーラム」
の中の記事の一部をモルモン擁護者のサイトにアップしている。
この記事の中に
推断と「今は昔」の内容・・「モルモン教と暴力」  (著者高橋弘、国際基督教大学「キリスト教と文化」26、'94年8月)  
という論文への批判記事があるのだが、この記事に関しては私が自分のサイトにコメントを書いている。

この沼野という人物はリベラルモルモンを気取っているが、モルモン教の真実が他人からさらされるのを嫌悪する性格のようで高橋弘教授が「素顔のモルモン教」を書いた時も、ヒステリックな書評を寄せている。
今回、「素顔のモルモン教」が再版されたが、高橋教授は沼野の書評に対して以下のように述べている。

(引用開始)
「モルモン・フォーラム」誌で、沼野治郎氏(当時、徳山大学教授)は高橋弘著『素顔のモルモン教』をとりあげ、これが悪意のある意地悪な書物であり、著しく批判的で偏向した暴露本だと結論づけている。著しく偏向した書物である証拠として、近年になってミズーリー州知事クリストファー・ボンドがかつての「モルモン教徒追放令」を謝罪した事実を述べるべきで、そうした事実を無視していると書いている。しかし、これは誤読に基づく言いがかりに過ぎない。事実、高橋は『素顔のモルモン教』146頁に、その事実に言及し、モルモン教会にたいしても公平を期している。(ただ、こうした沼野氏の書き方からすれば、彼は『素顔のモルモン教』を読んで、モルモン教徒としての立場からこれを読み、一時的にせよ、驚きとショックで完全に理性を失っていたと思われる。)
『素顔のモルモン教』で高橋が目指したことは、できるだけ客観的な視点から、モルモン教会の歴史を記述することであった。信仰というフィルター(色眼鏡)をかけた人間は、実際の出来事を、ある特殊な先入観からのみ解釈する傾向がある。そこに信仰的な意味を読み取ろうとするからである。
 したがって、使用する文献にも高橋は細心の注意を払ったつもりである。使用した文献は、沼野氏が指摘する、いわばモルモン教の敵・批判者のものを中心に用いた訳ではない。注意深い読者なら、高橋が用いた文献の八割方がモルモン教徒、あるいは元モルモン教徒のものであることに気づいたはずである。成功したかどうかを別にして、少なくともこの本を書くときに気をつけたことは、①バランスの取れた記述をすること、②そしてモルモン教に対する批判を述べるときも、実際にモルモン教徒の方々が認めている批判を載せるように試みたこと。また、モルモン教会を賞賛するときは、外部の人間が認めている賞賛の声を反映するように試みたことである。③また、モルモン教徒やモルモン教会の「途方もない発言」や「根も葉もない主張」にたいしては、客観的な事実をつきつけるよう試みた。
(引用以上)

高橋教授は沼野の本質を見抜いている。沼野だけではない、モルモン教徒にとっては信仰の保全が第一であり、それを失うことはアイデンティティの崩壊を意味する。批判もほどほどでとどめてもらわないと困るわけだ。だから、敏感に反応する。自己制御装置が作動するのである。
しかし、この自己制御こそがカルト宗教信者の特徴のひとつなのである。
# by garyoan | 2005-01-27 07:02 | モルモン教